被災犬が教えてくれたこと・・・保護・里親譲渡活動を通して見えた心の傷

2012年12月3日から21日まで、環境省と福島県による警戒区域内における被災ペットの一斉保護が行われていたのをご存じでしょうか。震災が起こり、原発事故が起こってから、もう少しで丸2年が経とうとしていますが、同行避難が徹底されず置き去りにされたり、避難先がペット禁止であったりなどの理由から飼い主と離れざるを得なかった犬や猫たちには、現在も厳しい状況が続いています。
先日ペットニュースでも取り上げましたが、神奈川県の麻布大学では、こうして保護された被災犬を引き取り、家庭犬として必要なトレーニングを行った上で里親さんへ譲渡するという活動を行うなかで、被災犬は大きなストレスを受けていたという科学的データを発見するに至りました。今回は、この動物トレーニング実習に取り組む、麻布大学獣医学部動物応用科学科准教授である茂木一孝先生にお話を伺いました。

2012年12月27日RSSRSS

福島から神奈川へやってきた被災犬

麻布大学獣医学部動物応用科学科の動物トレーニング実習では現在、11月に福島県郡山市・いわき市の保護センターから迎え入れた6頭の犬たちとともに、学生が主体となってトレーニングを行いながら、新しい飼い主となってくれる里親さんを捜しています。この犬たちは、2011年3月に起きた東日本大震災によって飼い主と離れ離れになるなどし、ほとんどが捕獲によって保護センターに連れて来られた、いわゆる「被災犬」です。2011年5月に最初の10頭が福島の保護センターから麻布大学に引き取られ、2011年11月に10頭、2012年5月に6頭が引き取られました。この26頭の被災犬はすべて、麻布大学から新しい里親さんの元へ旅立ち、新しい暮らしを始めています。
それではなぜ、福島から遠く離れた神奈川県の大学で、こうした保護活動が行われているのでしょうか。

犬と社会との関わりを考える動物トレーニング実習

麻生大学獣医学部動物応用科学科では、2009年から、大学のある地元・神奈川県の保護センターから保護犬を引き取り、再譲渡を目指したトレーニングをし、その犬にあった里親さんを探すという動物トレーニング実習を実施していました。
茂木先生によると、犬の特徴・個性として、(1)人間社会と深い関わりをもっていること、(2)一頭一頭の個性が豊かだということなどが挙げられ、犬の社会との関わりを学生が身をもって考えるために、ただ単にトレーニング方法をマニュアル的に学ぶのではなく、犬というのはどんな動物なのかということを学生が自分自身で考えて欲しいという考えの元に、この動物トレーニング実習が行われてきました。
2009年、2010年にそれぞれ4頭ずつの保護犬のトレーニングと譲渡を終えたところで、2011年3月の大震災が発生。茂木先生は「現地が大変な混乱に陥っていること、動物たちが非常に苦しい状況にあることを受け、何かできることはないかと大学側から働きかけた結果、動物トレーニング実習で被災地の保護犬を引き取ることになったのです」と教えてくれました。仙台や福島の保護センターを視察した結果、原発事故の影響もあり、より混乱した状態であった郡山市・いわき市の保護センターから犬を引き取ることになったといいます。

動物トレーニング実習の指標

トレーニング実習を行う学生たちは、担当となった犬が新しい家族の元で幸せに暮らせるようになることを第一の目的として、その犬が抱える問題を見つけ、解決するためのトレーニング方法を考えていきます。すでに前期に担当犬を送りだした経験のある学生たちは、「別れはとても寂しかったけれど、それ以上に、かわいがってもらえる家庭が見つかってよかったという思いの方が強い。現在の担当犬にも幸せになってもらえるよう、問題解決に向けてトレーニング計画を組んでいます」と話してくれました。
このように、動物トレーニング実習では、犬の個性を見極めて、その犬にあったトレーニングを行っていきますが、その犬の行動特性や、実際に実施したトレーニングが本当に効果的であったかなどをより客観的に評価できる姿勢を学ぶために、科学的な視点を介して行動特性の測定及び評価をするC-barq(シーバーク)解析*1、生理的な心の指標としてストレスホルモンである尿中コルチゾール値*2の計測を定期的に行ってきました。
被災地からの保護犬を受け入れる際も、これまでと同様に、受け入れ当日から定期的にC-BARQ解析、尿中コルチゾール値の計測を行ったところ、過去2年間で受け入れてきた保護犬と比べ、データに大きな差があったことがわかったのです。

*1 C-barq(Canine Behavioral Assessment and Research Questionnaire):『犬の行動解析システム』であり、統計学的な手法を用いて犬の行動の特徴を抽出し(これを行動特性と言います)、科学的な視点を介してその行動特性について測定及び評価をなすものです。いわば、行動を測定する「モノサシ」として機能します。(C-barqホームページより)

*2 尿中コルチゾール値:血液検査よりも犬に負担がかからず検査できることから、トレーニング実習中の犬の心理的な指標として尿中コルチゾール値の測定を実施。犬によっては病院や見知らぬ場所にいった次の日の朝一番のコルチゾール値が大きく上がっていたことなどから、朝一番の尿のコルチゾール値は、前日のストレス度合いをかなり反映するということが、2009年からの実習でわかりました。

データから見えた心の傷

大きく違いがあったのは、C-barqにおいては、人への愛情を示す愛着行動や学習能力の低下で、これは人におけるPTSD(心的外傷後ストレス障害)の場合にも見られる症状です。また、尿中のコルチゾール値においても、神奈川の保護犬と比べて、5~10倍の差が出ており、数値のベースが格段に違っていました。通常は、新しい環境に来て約3日間は高い数値が見られますが、その後は徐々に低下していきます。けれども、被災犬の場合、受け入れから10週間経ち、行動的にも落ち着いてきたように見える状況になっていてもなお、コルチゾール値は高いままだったそうです。これらのことから、被災犬が大きなストレスを受けていたことが科学的にも明らかになりました。
では、なぜこんなにも大きなストレスを受けてしまったのか。「もちろん、震災そのものの影響もあるでしょう。けれども犬の特徴を考えると、人との関わりを突然断たれてしまったことも大きな原因となっているのではないか」と、茂木先生は指摘します。
神奈川県から受け入れた保護犬は、飼い主によって保護センターに持ち込まれた犬であったのに対して、被災犬のほとんどは、捕獲によって保護された犬たち。人との関わりを断たれ、安心・安住できない期間が長く続いたことが、大きなストレス・心の傷になったのではないかと考えられています。

 

悲劇を繰り返さないために

被災犬たちには、トレーニング実習を通して適切なケアや健康管理、そしてたくさんの愛情が注がれました。それでも、ストレスホルモンのコルチゾール値は3カ月近く経っても高い数値を示し続けました。犬が受けた心の傷を癒すには、私たち同様、とても長い時間がかかるということを被災犬たちは身をもって教えてくれました。 今後、このような悲しい経験をするペットを生み出さないために、私たちができることは何なのでしょう。まずは、今現在一緒に暮らしている愛犬・愛猫を責任をもって守ることではないでしょうか。
東北・関東地方では、今も大きな余震が続き、いつまた大きな災害が発生するかわからない状況です。その際に、ペットと一緒に同行避難する準備はできているでしょうか。また、災害時の同行避難の前に、必要なしつけはできているでしょうか。家族としてかけがえのない存在になった愛犬・愛猫。その命を預かっているという意識を忘れずに、自分にできることからアクションしていくことが、今回の被災犬たちの悲劇を繰り返さない第一歩につながるのではないでしょうか。

【里親募集中】
現在トレーニング中の犬たち

現在トレーニング中の犬たちは、新しい家族となる里親さんを募集中です。引き取り希望の方は、麻布大学獣医学部動物応用科学科までお問い合わせください。

 

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