なぜ、今犬鑑札なのか?

犬にとって「鑑札」はいわば戸籍であり、迷子になった時に”命づな”となる大切なもの。そんな鑑札の装着率アップを目指し、各地方自治体でデザインがほぼ自由化され、普及のための新たな活動がはじまっています。今回は、鑑札のリデザインにいち早く取り組んだ「ただのいぬ。プロジェクト」と、新鑑札の導入・普及を目指すふたつの自治体に話をお聞きしました。

2009年4月10日RSSRSS

【取材協力】

「ただのいぬ。プロジェクト」世田谷文化生活情報センター 生活工房
http://www.tadanoinu.com/

鑑札のリニューアルを通じ、
殺処分される犬を1頭でも減らしたい

「なぜ、飼い主は鑑札をつけないのか?」そんな問題提起から始まった

「次は、どんな企画展をやろうか」。
2006年秋に開催された第2回「ただのいぬ。展(Do you have home?)」終了後のある日、「ただのいぬ。プロジェクト」企画メンバーの、服部貴康さん(写真家)、小山奈々子さん(クリエイティブディレクター)、長谷川潤さん(世田谷文化生活情報センター生活工房・当時)たちが集まって、来年度展覧会の打ち合わせをした。

「ただのいぬ。展(第1回)」は、動物愛護センターに”保護”される犬たちの姿を撮った服部さんの写真と小山さんの詩で構成された写真集『ただのいぬ。』がきっかけとなって、2005年9月、東京都世田谷区三軒茶屋にある「生活工房」が主催して開催。犬たちの過酷な運命(譲渡されたごく一部の犬たちと大多数の殺処分された犬)を描いた展示内容が多くの人々の心に響き、以後、5年間にわたって実施されることになった。

その3回目のテーマについて、服部さんは「犬鑑札」を取り上げたい、と提案した。

動物愛護センターに”保護”された犬たちが、なぜ、殺処分されるのか。その根拠に、厚生労働省の定めた狂犬病予防法※がある。服部さんによれば、日本全国で1年間に殺処分される犬・約12万頭のうち、「犬鑑札」と「狂犬病予防注射済票(以下、「済票」)」が未装着の犬は、全体の6割近くにあたる約6~7万頭とか。
「僕が動物愛護センターの取材でお会いした職員の方々から『わたしたちは処分したくてしているわけじゃない。鑑札さえつけていてくれれば…』という話を聞いた時、なぜ、飼い主は鑑札をつけないのか、と考えました」。

「狂犬病予防」への関心の低さと、鑑札装着率の低さ

飼い主が鑑札を愛犬につけない原因は何だろうか。例えばデザイン的に問題があるのか。つけるのが面倒くさいのか。鑑札と済票の2枚組でガチャガチャ音がしてうるさいためか。「いや、違う」と服部さんは言う。「一番のポイントは、狂犬病予防法で義務づけられた『鑑札』の意味、役割、存在がほとんど認知されていないためではないか」。

狂犬病は恐ろしいウイルス感染症である。人、犬、猫などあらゆる哺乳動物は狂犬病ウイルスに感染する可能性があり、もし感染、発症すればほぼ100%の確率で死亡する。日本では江戸時代から発症例が知られ、敗戦後の混乱期にも多発。1950年に狂犬病予防法が施行され、国を挙げて飼い犬の登録と予防接種、放浪犬の捕獲などに努めた結果、1957年を最後に、以後50年間にわたって国内での感染、発症例は報告されていない。そのためか、国内における狂犬病と狂犬病予防への関心は、いつの間にか低下した。しかし現在も、中国や東南アジア、インドを始めとする世界中で毎年多くの人々が感染、発症し、死亡している。また、2006年にはフィリピン滞在中に犬にかまれて感染した日本人がふたり、帰国後に発症して、死亡した。

では、現在、日本列島に何頭の犬がいて、何頭が登録されているのか。「登録犬」のうち鑑札をつけた犬が何頭いて、どれほどの犬が、毎年狂犬病ワクチンの接種を受けているのだろうか。残念ながら、日本国内にいる犬の正確な総数は不明で、ペットフード工業会がまとめた推計(1200万頭)がほとんど唯一の手がかりである。一方、狂犬病予防法に基づいて各地方自治体に登録された登録犬の総数は約660万頭で推定総数の約半分。毎年、狂犬病ワクチンを接種される犬の割合はさらに低くて40%前後と考えられている。

鑑札の装着率は、厚生労働省が2005年に東京都内で調査した結果、登録頭数の約25%。実に4分の3が未装着だった。これでは愛犬が万一迷子になり、動物愛護センターに保護されても、助かる可能性は極めて低い。

狂犬病予防法(e-Gov:法令データ提供システム)

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S25/S25HO247.html

人々の認識を変える鑑札を作るために

飼い主を含め、一般の人々の狂犬病予防法と登録、鑑札についての認識不足が、毎年、殺処分される多くの犬を作り出してきた大きな要因だ、と服部さんは指摘する。
「すると、車のナンバープレートのように飼い主さんがすべての愛犬に鑑札をつけるだけで、理論上、処分される犬は半分以上も減る。だったら、もっとみなさんがつけたくなるようなモノを考えればいいんじゃないか、と」。

そんなわけで、2006年秋、ただのいぬ。プロジェクトによる第3回企画展(2007年9月開催)のテーマは「犬の鑑札リデザイン展」と決まった。その前後、厚生労働省では、鑑札の装着率アップを目指して鑑札のデザイン自由化を決断。2007年3月、狂犬病予防法の施行規則の一部を変更し、同年4月から各地方自治体でデザイン変更できることになった。

そこで、ただのいぬ。プロジェクトメンバーは、犬の鑑札リデザイン展の準備活動を行いながら、世田谷保健所と話し合って、世田谷区でも「新鑑札デザイン計画」に挑むことにした。

では、どんなデザインの鑑札にすべきか。クリエイティブディレクターの小山さんは、世界的な工業デザイナーの深澤直人さんにぜひ依頼したい、と訴えた。「鑑札は犬の生死にかかわる、ものすごく重要なモノ。そんな鑑札問題の本質を考え、人々の鑑札に対する認識を変えるモノを作ってくれるデザイナーでなければ、と思った時、深澤さんしかいない、と」。

関係者皆の熱意と努力が伝わって、深澤さんが鑑札デザインのリニューアルを受諾。既存の鑑札の問題点を検証しつつ、何度も打ち合わせを行い、苦心の末、2008年3月には新しい鑑札のサンプルが完成した。

“たたしいいぬ。”は、”ただしい飼い主”によってしか、作れない

服部さんによれば、深澤さんは関係者に新しい鑑札のサンプルを示しながら、「鑑札は、行政が発行するモノなので、鑑札自体が、それをつけていることによって日本の、少なくとも世田谷区に住む”正しい犬”であることの”証し”として受け止められるモノでないといけない」と説明したという。

実際、深澤さんが熟慮を重ねて作り上げた新鑑札は、デザインのかわいらしさや奇抜さではなく、鑑札そのものに込められた”正しさ”、”確かさ”、”誇らしさ”が感じ取れる、さり気ない、品位、品質、品格がにじみ出るモノであった。

具体的な特長をいくつか挙げると、外形は小粒で立体的。材質は、使用年月とともに風合いが増していく、素材感あふれた、厚みのあるアルミのムクで手触りもいい。文字は1円硬貨と同じ、型打ちの凸文字で耐久性が高い。さらに、年ごとに取り換える済票はシールとして鑑札の裏に張りつける方式のため、従来は鑑札と済票2枚組のところが、鑑札本体1枚だけとなった。

世田谷区では2009年4月から採用すべく、2008年度を新鑑札の周知期間として広報、告知活動に力を入れることにした。そうして2008年9月、ただのいぬ。プロジェクトの企画展として、新鑑札のお披露目を兼ねて鑑札の意味、役割を人々に考えてもらうために「ただしいいぬ。展」が開催された。同展を主催した生活工房のプログラム・コーディネーター、竹田由美さんによれば、12日間で推定約4千人の来場者があり、寄せられたアンケート用紙には、「結局、”ただしいいぬ。”は”ただしい飼い主”によってしか、作れない」「誰かが正面切って鑑札装着の大切さを訴えていかないと、この問題(殺処分)は解決されない」などの意見が書かれていた。

このような、鑑札のリニューアルとただしいいぬ。展について述べた後、服部さんたちは、「この新しい鑑札は、世田谷区の了解が得られれば、どこの自治体でも採用できます。『うちの自治体でも使いたい』『うちの犬にもつけたい』という人が増え、あちこちに広まっていけば、とてもうれしいですね」と声をそろえた。

写真提供/服部貴康

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